記録的な暖冬が続く今シーズンの冬。 始まりは昨年末だった。仕事でたまに会うことのある地元の漁師さんからマカジキ用の角を頂いた。同じ漁師仲間の中で一番マカジキを釣っている人が作った特製の角だと言う。メカジキのビルを加工してつくってあるようだ。
自分は冬のマカジキは狙わない事にしていた。
理由は、夏のクロカジキは水揚げしても価格が低く生業としている漁師がほとんど居ないが、冬のマカジキは値段も高く多くの漁師さんが狙っているからだ。
自分がやっていることは所詮遊び。生活をかける漁師さんの邪魔になってはならない。
その事を角をくれた漁師さんに話をすると
「今は高齢化が進んでるし狙っている漁師も減った。それにカジキのように回遊魚は狙っても誰も怒らないから大丈夫。やってきなよ。」
と言われた。
漁師さんは、皆カジキの角を自作する。自分の船やスタイルに合わせ、その形状を工夫する。漁師同士でも秘密にするほどである。そんな大切な物を頂いたのだ。
自分の気持ちは揺らいだがそれでも出船する気持ちにはまだならなかった。
※角の画像は載せられません
年末の忙しさに、マカジキのことは忘れていた頃。合間をみつけ仲間と一度だけヒラマサ狙いで出船をした。いつもの馴染みの船長の船だ。
ここがターニングポイントとなった。
船長にマカジキの角を頂いた話をした。特に意図があったわけでは無く、話のネタとしてだった。
すると
「船出すからマカジキ釣りにいっべよ。状況が良くなったら連絡するから」
と言ってくれた。しかし前述の冬のマカジキを自分が狙わない理由を話すと。
「大丈夫。大丈夫。角をくれた漁師も大丈夫って言ってたッペ」
わずかに揺れ動いていただけだった心の天秤の揺れ幅は大きく、力強くなった。
やがて片側に止まった。
迷いは消えた。
2019年シーズンの夏の挑戦は、潮具合が悪く成果は無かった。自然環境の責任にして自分の至らなさから逃げていた。
2019年は釣りを通して人間関係は大きく発展を遂げたが、釣果は振るわなかった。2019年の釣りはそうして幕を閉じていた。
暖冬の影響か今期の冬は水温が高い位置をキープしていた。季節物の魚種はシーズンであるのに良い状況でないようだ。各地でも例年通りとは異なる釣果がちらほら。
マカジキは冬の寒さの中で黒潮が接岸し水温が19度程度になると例年良く釣れる。2020年は水温が高いままであったので初漁からマカジキが多く水揚げされていた。
これは…。行くべきか…。いや昨年に心は決まっていた。行くしかない。
船長に連絡をすると二つ返事で快諾してくれた。出船は4日後。船長と二人で出る。
当日朝9:30頃。漁を早めに切り上げてくれた船長が港に戻ってきた。新年の挨拶を交わし出撃となった。
夏のクロカジキは、狙う漁船はほとんど居ないが、冬のマカジキは多くの船が狙っている。無線で情報が入る。港から2マイル付近で釣れている様だ。
フックアップして逃げてしまったと悔しそうな無線も多く入っていた。
期待に胸が高鳴る。
20分ほど走りルアーを流し出す。引き縄(トローリング)のルアーを流す位置は、対象魚や、船の大きさや形状により巻き起こる引き波具合によって選択をする。船長が普段どのあたりで流しているかを確認し微調整を行う。
泡にかみダイブし少し首をふる。たまに水面を顔を出す。良いルアーだ。流石にプロが造ったルアーは良い泳ぎをする。釣れそうな雰囲気がしている。
水温は17度。少し低めだが鳥も多く状況は良さそうである。時よりルアーを追いかけ鳥がついばむ。
期待が高まる。
今日は冬のこの海域にしては波がかなり穏やかだ。波の上下に体が浮くことも無い。魚がかかっても体勢は十分である。
通常の冬のこの海域の波は、山間を走るバスで手摺りに捕まらずに立っている様な状態だ。いや、それよりも大きく上下する。そこで自重前後の重さの魚と立ったままやり取りする。
しかし、今日は各駅停車の電車に揺られる程度だ。
開始一時間程で、船の左舷方向から横っ飛びにルアーをひったくる影。
ミサイルのようなシルエットで飛び出したのは推定70~80キロ程のマカジキだった。
食った!!
「船長!くった!くった!全速!全速!」
すかさず船が全速前進をかけ煙突からは黒煙が上がる。フッキング!リールからはラインがけたたましいドラグ音を出しながらひきだされる。
夏に向けての体の試運転には丁度よい相手だと生意気な事を考えロッドを持ちポンピングを始める。
この慢心が良くなかった。
カジキの遊泳速度はかなり速い。計測のやり方に疑問が残るが、時速100km程らしい。
カジキが釣り人に向かって急に方向転換をして泳ぐとフックオフしてしまったと錯覚することが良くある。他の魚種でもあるがそれがかなり著しい。あっという間に長いラインスラッグが出来てしまう。
ラインスラッグを感じ急いで回収に走るがなかなかラインにテンションが戻らない。慣れていないとフックオフしていると判断をしてしまうだろう。
今回は慢心からこれが起きてしまった。もちろん一般的な?距離よりは回収をした。
しかし、テンションが戻らないためフックオフと判断してしまった。
肩を落としゆっくりとラインを回収していると急激にテンションが戻る。
まだいる!急いでリールハンドルを回すも後の祭り。少しテンションが戻るもすぐに糸は意識を失ったかのように躍動は無くなりフックオフしてしまった。
船長申し訳ない。最大のチャンスをつくってくれたのに。
恐る恐る振り返ると船長は笑っていた。
「おっきったよ~。時間はまだある。またくるべ」
完全に敗北だ。自分の慢心が全ての敗因だった。
カジキは150m先で飛んでいたかと思えば数秒で船の脇まで移動することもある魚だ。テンションの緩みで気を抜いては行けなかった。
回収したルアーをみるとフックにはしっかりとカジキのビルでついたであろう傷。
思えば釣行が決まってからずっと慢心していた。
前日にはいつもお世話になっている工房月さんとの電話ではこんなことまで言っていた。
「まあ。マカジキですから。最大サイズでも狙っている奴よりもかなり小さい。道具も準備もクロカワの物ですから。夏の準備運動です。おかず釣りですから気楽に行きます。」
もちろん冗談半分ではあるが半分は本気であるところもある。同じ道具を使っているからには狙っているサイズよりも小さい魚はより確実に簡単にキャッチしなければならない。
『磯からスタンダップで50キロの魚が獲れるのであれば、 同じタックルで20キロはより簡単に獲れなければならない。 それが「ワザ」だと思う。 同じ理屈で10キロの魚はより容易に、5キロの魚ならほぼ確実に獲れなければウソだろう』
磯の作法より
この言葉が頭にこびりついていた。マカジキに遅れを取る訳にはいかないと。
しかし、今回は自分の未熟さから先人の金言を台無しにする様な事をしてしまった。
何度も過去に慢心や不注意、様々な事でチャンスを潰し人に迷惑をかけてきた。全く自分は成長がない。自分が変われなくては結果はついてこないだろう。
そんな、気持ちを紛らわしてくれる自然からのプレゼントは久しくみる機会が無かった虹。
その後は期待していた魚からのコンタクトも無く港に戻った。
冬のマカジキ。チャンスがあればまた挑戦したい。次は慢心せずに。